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●2008年10月の風月譚 
鷹の台



私の住まいは都下小平市で最寄の駅は、西武国分寺線鷹の台駅です
小平市は青梅街道沿いに発展し、東西に長い街です。
宿場町田無と立川の中間に位置し、街道沿いには武蔵野の面影を残す巨木が多く
残っております。この街に移ってもう30年近くになります。

 最近、急にこの公園からテニスコートまでに桜並木と欅(けやき)の
巣晴らしさに気がつきましたのでご紹介させていただきます。
駅の東側に小平中央公園があります。
以前は、企業の敷地であったようですが、私が移住する前に公園となりました。
陸上競技場と野球場をかね備えたグランドで、公式のサッカーゲームが開催されたことが
あるようです。
子供と一緒に野球に興じ、ストライクが入らないとグランド一周を命じたり、又25年も前にな
りますかハレー彗星が見えるというので早朝、次男と小山に上って捜したり私にとって子供
と共に過ごした想い出の場所であります。
隣接する大きな体育館の?(こけら)落としに、バレーボールの公式試合がありました。地元
の日立武蔵の大林選手の大きいこと、脚の長いのには驚いたことを鮮明に記憶しております。
以前からこの場所にこの景色はあったのですが、何時もゆっくり樹木の変化とかその時に
集う野鳥の鳴き声に関心を払うことも無く、ただ近道として駅への直行を、繰り返して参りし
ました。ご存知の通り桜は、春先に樹木の幹が赤く色づいたら花が一斉に咲き乱れます。
その後、時間をかけ緑の葉に覆われ半年の間、生い繁るわけです。樹齢30年以上となりますと、
高さ20メーター近くとなり道幅を挟んで上で互いに重なりあい緑の葉のトンネルとなります。
この姿を見ていると間違いなく彼らも会話をしているのではないかと感じます。
「今日は日の光が強いねとか、雨風が激しいね」などと・・。
真夏には日陰の有りがたさを感じ、木漏れ日の陽だまりに日々過ぎ行く時間を感じるように
なりました。この桜並木を通る時は出来たての空気の下、出来るだけゆっくり歩き、そうして
思い切り息を吸い込みそして胸の中にはこれ以上空気が無いくらいに吐き出すようにして
おりますそうすると、心が落ち着くと言うのか無駄な力が抜けると言うか物事を悟ったような
気分になります。−実際は悟りに程遠おいのですが・・・
クヨクヨした時とか、心配事を呑み込み吐き出すには大切な場所となっております。
欅(けやき)の木はテニスコートの脇にあるのですが、どうもこの木は群生するのではなく、
府中競馬場の第3コーナーにあるように一本悠然と他を圧倒するように聳えるのが似合いで、
多くの欅が狭いところに押し込まれるようではこの木の偉さが半減するようです。      
 鷹の台駅は小さな駅です。しかし学校は多数あります。津田塾、武蔵野美術大、白梅学園、
創価学園の生徒はこの駅を利用しております。トンネルをくぐりグランドに抜けるのは、
津田塾の学生、真っ直ぐ行くのはムサビの学生ですが、以前は明らかな違いがありましたが、
最近は余り差が無くなった感じがします。
街を構成する建物として、銀行、郵便局、コンビ二、食事する所、本屋、花屋、電気屋、
パチンコ屋などが挙げられますが、さすがパチンコ屋は出来て直ぐに廃業となりました。
本屋と言えば「松明堂」と言う名の店があります。この店は松本清張さんのご子息が経営して
おりますが、本の販売のみならず、いろいろな文化活動にホールを貸し出したりして地元に
何かと貢献しておられます。同じ年代なので何時も「体の具合はどう?」で会話が始まり
アルバイトに若い女子を使っているので、今度若い女子を入れて一杯やろうと言っている
のですが未だ実行に至っていません。
身内の方しか知らない松本清張さんの話を聞かせていただくのも楽しみです。
奥様にお会いする事がありますが、ご主人の今日の有り様は奥様次第を再認識する素晴
らしい女性です。      
 この街にはもう一人忘れることのできない人がおります。
この土地の素封家というべき小野さんという「昆虫博士」です。
一番名を知らしめたことは、鈴虫の越冬に成功したことですかね。
蜂が巣造りしたりすると、どうしたら良いか色々とアドバイスをもらったりするのですが、
昆虫が大好きという雰囲気が顔に現われております。70近いと思うのですが、大変お元気
で見習わなければならないことがたくさんあります。

 この駅を利用するようになって30年近くが経ました。
やはり若い学生の元気な姿を見ることは、彼らは実に街の元気の象徴といえます。
最近外国人が増えてきました。
耳慣れない言葉でしたので聞きましたら「フインランド語」とのことでした。
唯一言「Where from?」と言っただけで、残念ながら流暢に未だ英語は話せません。
何時になっても興味と刺激を与えてくれるこの街、鷹の台は故郷の一つとなりました。
      
P/S
●新内閣が発足いたしました。
 11/18が2世3世議員とかで、いわゆる「政治稼業家」でそれを取り巻く連中のいやらしさ
 が目に付きますし、小渕何とかが大臣になるほどこの国には人材がいないんですか?
 麻生と言う人を知るすべも無いのですが、側近・人選を通して推量するに「智と徳」に優れて
 いるとは思えませんね・・

● マリナーズの一郎選手が8年連続の200本達成しました。
 それと8年連続100得点(ホームを踏む回数)を達成いたしました。
 (この記録は、現役ではA・ROD「N/Y」と二人だけだそうです。)
 彼の日ごろからの節制と鍛錬がこの素晴らしい成果を齎しました。
 今年はちょっと心配しましたが、充分楽しまして貰いました。
 有難う・・来年も加油(がんばれ)!!
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2008年
9月 北京オリンピック雑感
8月 今年の甲子園・第90回全国高校野球大会
7月 東邦薬品(株)松谷 義範 さん
6月 節穴からのイタリア見聞
5月 大阪 適塾・
4月 文明半開か・・・
3月 沈黙の螺旋(スパイラル)
2月 アメリカについて 三題
1月 2008年は中国の年?/くたばれ巨人軍


2007年

12月 2007年を振り返って
11月 忘 八(くつわ)
10月 ローマ人の物語(塩野七生著)
9月 出世の心得
8月 4年振りのマレーシア
7月 盛夏に向かって
6月 半世紀の時間
5月 ボストンのある一面
4月 4月は新年度
3月 四季の変化
2月 これは「美しい国」のやることか
1月 平成19年 新しい年を迎えて


  2006年

12月 一犬虚に吼えれば、万犬実を伝う
11月 この国の歪んだかたち
10月 2×125乗≒無限大
9  5年と5ヶ月
8月 イランそして「ペルシャのめぐみ」
7月  戌年の前半6ヶ月
6月  高山定美さん
5月 札幌への思い入れ
4月 「西宮」について
3月 谷口直之君の退職記念出版に際して
高校時代 と その後・・・
2月 GOOD BYE Mr.CHIPS(チップス先生さようなら)
1月 新しい年 平成18年

2005年

12月 酉年を振り返って
11月 トンカット・アリと6年
10月 NHKラジオ深夜便
9月 智と徳
8月 終戦60年-怒りそして悲しみと苦しみの中で
戦争遺児として私の一言
7月 上期4題
6月 椿ちゃんは2歳
5月 25回目にあたって
4月 4月は新たな出発の月=私の高校時代=
3月 故郷 札幌 昭和30年頃まで
2月
雪池忌によせて
1月 酉年にあたって

2004年

12月 平成16年を振り返って
11月 書物は知識の源泉
10月 故 野中 孝一さんと「SPIN トレーニング」
9月 ハインリッヒの法則(1:29:300)とパン屋の経営
8月 私のPROJECT−X 甲子園への道(PART2)
7月 私のPROJECT−X 甲子園への道(PART1)
6月 6月10日は時の記念日
5月 FENWAY PARKの思い出
4月 お釈迦様と四聖諦八正道
3月 『起業5年目にあたって‐‐新たに知った事・新たな財産』
2月
『OFFSET BALANCE』(得たものと失ったもの) 
1月 『暴君の初夢』 

                      2003年

12月 『6歳のLADYに学んだこと 』
11月 『文化そして万歳三唱 』
10月 GOLD FINGER 荒木 敏明 君 』
9月 9月11日とイスラムの人々 』
8月 戦後と58年後の今日 』
7月 『三色旗ー自由,平等,博愛 』
6月 『JUNE BRIDE (6月の花嫁)
5月 『とつき十日の下宿屋の宿賃』

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