●9月の風月譚 
『 9月11日とイスラムの人々 』
                                     
 9月は長月又は菊月と呼ばれ、二十四節気として8日の白露(秋の訪れを感じる頃)と御存知23日の
秋分の日(昼夜の長さが等しくなる秋分)があります。
秋の長雨が何時も月末に訪れる「秋霖」の季節でもあります。

9月11日とイスラムの人々

2年前に同時多発テロがニューヨークほか2ヵ所で発生いたしました。
何故この様な事態の発生に至ったかを知る上でその後、数多くのイスラム教,イスラム社会に
関する書物が発行されました。
数少ない事例を基に、こうだと定義できませんが(私の周りに3人ほどイランの知人がおりましたが)
演繹的にイスラム社会について要約してみようと思います。
先ずイスラムの国においては,宗教と社会が一体であるといえます。
その根源を成すものとして「六信五行」があります。
六つの信仰と五つの宗教的義務を同時に果たすことがイスラム教信者の必須条件となっているようです。
六信の中身とは
@神(アッラー)A天使(マラク)B啓典(キターブ)C預言者(ナビー)D来世(アーキラット)E天使(カダル)で
神や天使の実在を信じコーランに代表される経典や預言者マホメットの言葉を信じなければなりません。
五行の中身とは
@ 信仰の告白A礼拝B喜捨(所得の1/40)C断食Dメッカ巡礼があります。
以上よりお分かりのとおりイスラム教はキリスト教と異なり、「信仰することとは心の中だけではなく行動
として具現化しなければならない」とその行動は細目に亘り規範が厳密に定義されております。
私がイスラム教の国マレーシアに行った時が丁度断食の期間で夕方街を歩いていると6時ちょっと
前でしたが食事を前にして神妙に時間の経つのを待っているんですね。
どこからともなくコーランが流れてきて食事が許され一斉に食事が始まるのは見慣れない旅人には
凄いエネルギーと何か不気味さも感じました。
御存知のようにイスラム教は日夜世界中に信者の数を増やし現在12億人との事ですアメリカ
でも8〜9百万人の信者がいるそうですが日本はといいますと最大にみて2万人だそうです。
ほとんど女性でイスラム教の人と結婚し改宗した結果で自発的に信者になった人は稀だそうです。
(イスラム社会では他宗教との結婚は許されません)
この事実を通じて日本人の本質を垣間見ることが出来ます。
古来から日本人は仏教,儒教、キリスト教などを含めあらゆる「舶来品」に関して寛容に同化してきましたが
何故イスラム教に対し適応性がなかったのでしょうか?
コーランはアラビア語で書かれて(翻訳物は本物でないとの事です)いるからと理由に挙げる向きもありますが,
現在最大のイスラム教国インドネシアはアラビア語と本来無縁ですから決め手の理由にはならないと考えられ
ます第三者の立場で言いますと日本は自然に恵まれ社会秩序が比較的安定していたので厳しい規範を伴う
社会構造を必要とせず、この様な「戒律の厳しさ」に追随出来ない国民性なのかも分かりません。
宗教といえば100余年前にヨーロッパに外遊した高名な人に「日本の宗教は何か?」との質問に対し一言
武士道」と答えた話が残っていますが確かに日常の生活・社会に宗教は根付いていないのかもしれません。
しかしこの現状を憂い社会の混乱の原因は宗教心の無い事として積極的な活動をしている既存のまた
新興宗教などを散見いたしますこの視点から、もしイスラム教が日本社会に浸透しその存在が明らかになった
際は、社会のいろいろな問題(富の偏在,機会の不平等,犯罪の増加等)が顕在化した証左となることでしょう。

 最初の2年前の同時多発テロに関してですが、今から18年前まえに「司馬遼太郎が語った事」の中にこの
事態を予測した文章がありましたので参考までに転載いたしますこのような文章に至った彼の思考過程を
考えるとき彼の洞察力に改めて感動を覚えると同時に、惨事の解明の手掛かりが得られそうです。
尚、18年前とは,久米 宏の「ニュース ステーション」が開始した年であり,野球の面では阪神タイガースが
日本一になり(私はその瞬間西武球場におりました)、また川相選手が最初の犠打を記録した年でもあります。
=昭和60年1月 バスクへのつきぬ回想より
 21世紀では,普遍的文明は世界をおおうだろうということだ無論このことは世界国家ができるというふうの
政治的なことではなく,普遍的慣習の世界化とか,英語などの共通語の普及、またファッションなど生活の
ソフト面の共通化といった文化的要素の共通性が高まるだろうということである。
ただし‐以下が大事なのだが‐一方において,その大傾向に背を向けるようにして,少数者が激しく自己主張し,
多数者に背を向け,少数者が特異性を不必要なまで主張し,そのことによって多数者に顔色をうかがわせ,
時には爆弾を投げつけて自己の存在を示そうとする時代がくるにちがいないしかしそのことが、集団
(国またはその類似団体)の唯一にちかい目的になりそうである。
人類は普遍性に覆われつつ‐その便利さを享受する一方‐特殊性を声高く叫ぶことに精神の安寧を感じる時代が
来そうだということである。

∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽

  
このコラムに対するご意見・ご感想の宛先は  ecos21@ecos21.com

 ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
                                     
●8月のコラムタイトル 
戦後と58年後の今日 』

●7月のコラムタイトル 
『三色旗ー自由,平等,博愛 』

●6月のコラムタイトル 
『JUNE BRIDE (6月の花嫁)

●5月のコラム 
『とつき十日の下宿屋の宿賃』
TOP