| ●2007年5月の風月譚 ボストンのある一面 |
| 早いものでもうゴールデンウイークを迎える頃となりました。 通勤途中に樹齢80年以上の藤の木があります。 左右20m以上枝が伸びている老木で、割れて苔むした幹から今年もまた花を結ぶ姿に、 計り知れない生命力を垣間見ることが出来ます。 4月のはじめに木が色付き、陽のあたるところに花を付けたと思っているうちに、10日もしない うちに満開になる姿を見ると、この藤色の美しさと香りに生命の神秘性を感じます。 この花が咲く頃,「行き交う人々は旅人になる」との事,初夏にかけて新しい旅立ちが増える のでしょう! 今、最も注目を浴びている都市はボストンといえます。 御存知松坂選手のレッド・ソックス入団以来この都市が注目を浴びております。 野球場Fenway Parkでの試合を見る上で、何か参考になればと思いボストンについて, 触れてみようと思います。 『尚、当コラム2004年5月に「Fenway Parkの思い出」があります』 このあたり6州は「ニュー イングランド デストリクト」と言われ古い町並みが,近代の建築と 共存しております。 一例として、イギリスの小説に窓から転落する話しがありましたが、町並みを見て 「あぁこのような窓か!」と物語の背景を彷彿させます。 ボストンお茶事件とか,レキシントンの戦いなど230余年前の出来事を思い出させるものが たくさんある古い都でありあす。 ハーバード大学、マサチュウセッツ工科大学をはじめとして学生の町で、京都が姉妹都市で ある事が良く理解できます。 町の中心にコンバット・ゾーンという繁華街がありますが,以前ハーバード大の学生の死亡事故 があった事で、町の浄化が進み安心して楽しめる街となりました。 又、隣接する中華街をはじめ20年くらい前から「都市再開発」が進み、町が一新したようです。 30年前になりますが,研修で2ヶ月ほどボストン近郊に滞在しました。 この研修が終わった時、アル・フォンソ(AL FONSO)というレストランで打ち上げ式があり、 地元のバンドがビージーズの「マサチューセッツ」を奏でました。決して原曲の様に上手いわけ ではなかったのですが、この曲を地元で聞けたということが今も印象の深いものとなっており ます。ボストンの交響楽団は当時小沢征爾さんが常任指揮者であり,サマーコンサート等の 活躍を初めとして,市民に非常に大切にされていることを感じました。 定期演奏会場も野球場FENWAY PARKと同様古い建物で,ホールの残響時間などどの様 に精査したのか、昔の職人の叡智を偲ばせる建物であります。 ボストンには御存知ボストン美術館(Museum of Fine Arts, Boston)があります。 数多くの篤志家の寄付によって成り立っている事に驚きますが、この建物の中に日本の仏閣 から持ち出された仏像が多数あります。 ほとんどの人が訪れることも無い一隅に置かれているのを観るに付け,浮世絵はともかくとして、 是非日本に返してもらいたい物と強く感じております。 やはり宗教に根ざした文化遺産は,信仰の対象であり単なる置物で無いと思いますので、 本来の場所に置いてこそ存在する意味のあるものと言えるからです。 ボストンは暖流と寒流の交わるニュー・ファンドランドから多くの海産物が水揚げされ,我々 日本人にも食選びに困ることはありません。 特に海老(Red Lobster)と貝の入ったスープ(Clam Chowder)は代表的な郷土料理といえます。 ボストン近郊には128号線と495号線という環状線とニューヨークまで直結しているマス・パイク (野球場Fenway Parkのレフト後方)があり昼夜を問わず、あの「コンボイ」という大型貨物車が 切れ目無く走っています。 前方を照らす白いヘッドライトと走り行く赤いテールランプの行き交う様に、この国の持つ桁外れの 力を感じます。女性のドライバーと併走したことがありますが、息が持たないというか持久力不足で 負けたことがあります。良くまあこんな大国と戦争をしたものだと,改めて感じました。 495号線の出口#26のすぐわきに,日本レストラン「城」があります。 この経営者は,戦後米軍属と結婚し店を開いたとの事でした。 60余年前には,地元の人はほとんど日本人を見たことが無く、よく好奇の目で見られたとの事 でした。ボストン近郊には日本食の店がかなりありますが、店内の給仕している女性の和服姿 を見て何かおかしいなーと思い、気が付いたことは着物の着方が「右前」なんですね! 私は当時からヒゲをはやしておりますが、ある地元の人に 「なぜ,日本人なのにヒゲはやすんだ?」と聞かれたことがありました。 ふざけて「日本の女性は垂直でなく,水平なんだ!!」と答えたところ 「おれ,その話し聞いた事ある」と言われ,私は呆れるほどびっくりしました。 この話しを,「城」のおばさんに聞いたところ、日本人を揶揄する上で良く言われたとの事でした。 この店の存在は私にとって,アメリカ出張の際、息抜きの場となり現地で働いている日本の人々 と知り合う事の出来た思いでの場所であります。 今も感謝しております。 そして日本の風情を思い出してもらえればと持っていった「風鈴」が今もあの地で元気にして いるか等、ボストンは懐かしい思い出を蘇らせてくれます。 松坂選手のおかげで,ボストンが脚光を浴びましたので、小さな思い出を書いてみました。 P/S 今回でこのコラムも丁度49回目となります。 出来るだけ簡単明瞭にエレガントにと思いますが、なかなか期待通りには参りませんことを お許しください。特にエレガントに関しては、この様な女性と近頃全く接することも無くなったので、 止むを得ませんね! |
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| 2007年 | |
| 4月 | 4月は新年度 |
| 3月 | 四季の変化 |
| 2月 | これは「美しい国」のやることか |
| 1月 | 平成19年 新しい年を迎えて |
| 12月 | 一犬虚に吼えれば、万犬実を伝う |
| 11月 | この国の歪んだかたち |
| 10月 | 2×125乗≒無限大 |
| 9月 | 5年と5ヶ月 |
| 8月 | イランそして「ペルシャのめぐみ」 |
| 7月 | 戌年の前半6ヶ月 |
| 6月 | 高山定美さん |
| 5月 | 札幌への思い入れ |
| 4月 | 「西宮」について |
| 3月 | 谷口直之君の退職記念出版に際して 高校時代 と その後・・・ |
| 2月 | GOOD BYE Mr.CHIPS(チップス先生さようなら) |
| 1月 | 新しい年 平成18年 |
| 2004年 | |
| 12月 | 平成16年を振り返って |
| 11月 | 書物は知識の源泉 |
| 10月 | 故 野中 孝一さんと「SPIN トレーニング」 |
| 9月 | ハインリッヒの法則(1:29:300)とパン屋の経営 |
| 8月 | 私のPROJECT−X 甲子園への道(PART2) |
| 7月 | 私のPROJECT−X 甲子園への道(PART1) |
| 6月 | 6月10日は時の記念日 |
| 5月 | FENWAY PARKの思い出 |
| 4月 | お釈迦様と四聖諦八正道 |
| 3月 | 『起業5年目にあたって‐‐新たに知った事・新たな財産』 |
| 2月 |
『OFFSET BALANCE』(得たものと失ったもの) |
| 1月 | 『暴君の初夢』 |
| 2003年 |
| 『6歳のLADYに学んだこと 』 |
| 『文化そして万歳三唱 』 |
| 『GOLD FINGER 荒木 敏明 君 』 |
| 『9月11日とイスラムの人々 』 |
| 『戦後と58年後の今日 』 |
| 『三色旗ー自由,平等,博愛 』 |
| 『JUNE BRIDE (6月の花嫁) |
| 『とつき十日の下宿屋の宿賃』 |