●2007年2月の風月譚 
これは「美しい国」のやることか


 私は政治と宗教に関して無関心を装うように、いや及ばない領域と思い触れないでいよう
と決めておりました。
但し,今回の教育基本法の改定(悪)に関し黙っていることが,罪悪と思い敢えて言及して
みようと思うます。
許せない項目は「いじめの加害者の登校を認めない,拒否をする」事を明文化したことで
あります。小学校,中学校の罪無き児童・生徒をいじめる加害者は学校に来てはならない
という事と解釈しますと,この様な判断結論に至った教育関連者は今まで教育の現場で
何を信念として関わってきたのか,先ず伺いたい。
そもそもいじめの加害者・被害者は各々の家庭の中から生まれるという原因は明らかで
あります。家庭の両親,本人,地域の人々,学校の先生皆が個々の事例の背景を考えて
最善の方法を見出す努力をしないで、いじめの加害者を学校に来ることを認めなで「いじめ」
が解決されるのと思っているのであれば、教師は即刻辞めるべきであります。これは傷口を
覆い、炎症を起こしている原因を精査しないで治療が終わったというのと同様で、言うなれば
教育に携わる教師が本来の責務を放棄したといえます。
何故この様な断定的意見に至ったか私の経験を述べてみようと思います。
私も小学校時代は小餓鬼大将で、最終時間の「今日1日」という反省会でほとんど毎日私の
名前が出てくるのです。
「叩かれた」「机をひっくり返された」「鉛筆を折られた」などいじめの代表として皆の前で言われ、
最後の時間が怖くてなりませんでした。
さすがに私もこの悪餓鬼を1年も続けることもなく、名前も呼ばれ事も無くなりました。
ところが,大悪の子がおりまして一向に直らないのですね。
5年生になった時,教室に入れなかった事がありました。
彼はそのとき,校庭の木に登りクラスに石を投げてきました。
彼はその後、わるい仲間と徒党を組み中学卒業後は悪の道に染まり暴力団抗争に巻き込まれ
二十代前半で死んでしまいました。
彼は家庭的にも愛情を受けたことの無い荒んだ家庭に育ちました。
誰も話す人も無かったのでしょう。
学校は彼にしてみれば,最も自分を表現できる唯一の場であったのでしょうが,教室に入れない
事で彼は、完全に切れてしまったのではないかと想像できます。
これは一例に過ぎませんが,今回の加害者に対する無責任な措置−登校を認めないと言うこと
は、この子供達の新たなる可能性を著しく少なくし更に,社会の底辺に蠢く悪の社会の予備軍
として学校が送り出そうとしているのだという認識を持つ必要があります。
塾祖福沢諭吉先生は教育のあり方について以下の言葉を残しております。
   一家は習慣の学校なり
   父母は習慣の教師なり
今年の元旦にシカゴホワイト・ソックスの井口君の生い立ちがNHKで放映されました。
彼は,私の息子と同じ年で小平リトルの隣の保谷リトルに所属し,幼くして素晴らしい素質を感じ
させる選手であった事もあり注目してTVを見ました。
リトル・シニア−にかけてお母さんが毎日テイーバッテングの手伝いを何時間もしたことが放映
されました。単に息子の手助けするだけではなく、私が「さすがお母さん」と感じたのは,井口君
は何時も食卓を両親、お兄さんと4人で囲み、その日の出来事,楽しかったこと,困った事など
良く話しをしたとの事です。その際,食事のとり方・言葉使い等の行儀作法に関しても大変厳し
かったようです。リトルの最上級生になった時、キャプテン選抜に他のなりたい人を押しのけて
なったことに対し,お母さんはその人に対し思いやりがあったかを聞いた話しがありました。
素晴らしいお母さんに恵まれた井口君は益々活躍することは間違いないと思いますが,この
事例が示すように家庭特にお母さんが我が子に愛情豊かに接すれば、「いじめ」などの加害者・
被害者にならないのではないかといえます。
更に、家庭は家族で食卓を囲む事で成り立つ事を示しております。
以上のように,井口君の育った環境は福沢先生の言葉を文字通り実践したと言えます。
一方、ある国(カナダ)の調査結果が示しておりましたが、家庭両親の愛情の無い環境で育った
子供は25歳までに何らかの傷害をもたらすといっております。
昨今の近親者間の事件などは一つの証左と言えると思います。
 再度問いたい!
先生は,加害者と親と話す機会を持って子供達の未来を話したのでしょうか?
驚いたことに,自分の子供が加害者であることに気がつかない,知らない両親がほとんどだそう
ですが,この様な実態を蔑ろにし登校を拒否して解決されるのでしょうか?
子供たちの一番恐れているのは「無視されること」です。
お父さんお母さんともう一度話し合う機会を持ち,両親が我が子に対する「夢」を語ってもらい
たい。決して小学校・中学校で「悪(わる)」など決め付けずに子供を信じてあげてもらいたい。
そしてこんな社会の原点のことが解決できずに軽軽に「美しい国」などの言葉は使わないで
ほしい。美しくないから美しいと言う言葉を使うのであれば納得するけども・・・

P/S
2月4日はスーパーボウル開催日です。
この日のアメリカは終日この話題で明け暮れますが,私も何年か前この時期に滞在したことが
あります。朝からホテルの前に大変な行列が出来,ホテル内はすごい熱気にあふれておりま
した。それは、0から9を縦(AFC)・横(NFC)の枡にして合計100個の枡に前半・後半そして
合計の得点の一桁目を賭けるのですね。
例えば前半25対16ですと5と6の交差する枡が当たり枡で、その枡のレートが1ドルであったり
1、000ドルであったりアメリカ中、興奮する訳が分かります。
この国最大の祭典の裏側にこの様な事が隠されております。
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2007年

1月 平成19年 新しい年を迎えて

12月 一犬虚に吼えれば、万犬実を伝う
11月 この国の歪んだかたち
10月 2×125乗≒無限大
9  5年と5ヶ月
8月 イランそして「ペルシャのめぐみ」
7月  戌年の前半6ヶ月
6月  高山定美さん
5月 札幌への思い入れ
4月 「西宮」について
3月 谷口直之君の退職記念出版に際して
高校時代 と その後・・・
2月 GOOD BYE Mr.CHIPS(チップス先生さようなら)
1月 新しい年 平成18年





2005年
12月 酉年を振り返って
11月 トンカット・アリと6年
10月 NHKラジオ深夜便
9月 智と徳
8月 終戦60年-怒りそして悲しみと苦しみの中で
戦争遺児として私の一言
7月 上期4題
6月 椿ちゃんは2歳
5月 25回目にあたって
4月 4月は新たな出発の月=私の高校時代=
3月 故郷 札幌 昭和30年頃まで
2月
雪池忌によせて
1月 酉年にあたって


2004年
12月 平成16年を振り返って
11月 書物は知識の源泉
10月 故 野中 孝一さんと「SPIN トレーニング」
9月 ハインリッヒの法則(1:29:300)とパン屋の経営
8月 私のPROJECT−X 甲子園への道(PART2)
7月 私のPROJECT−X 甲子園への道(PART1)
6月 6月10日は時の記念日
5月 FENWAY PARKの思い出
4月 お釈迦様と四聖諦八正道
3月 『起業5年目にあたって‐‐新たに知った事・新たな財
2月
『OFFSET BALANCE(得たものと失ったもの) 
1月 『暴君の初夢』 


2003年
『6歳のLADYに学んだこと 』
『文化そして万歳三唱 』
GOLD FINGER 荒木 敏明 君 』
9月11日とイスラムの人々 』
戦後と58年後の今日 』
『三色旗ー自由,平等,博愛 』
『JUNE BRIDE (6月の花嫁)
『とつき十日の下宿屋の宿賃』
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