●2006年10月の風月譚 
2×125乗≒無限大


           
9月6日、41年ぶりに親王殿下の誕生という何かほっとする慶事を迎える事が
出来ました。
日本の皇室は,トランプのKINGよりも長い歴史を持ち、世界に類をみない多いに
誇ることの出来る存在ということが,再認識されました。
昭和天皇で125代、男系として今日まで継続しているとの事です。
どのくらいの人々が昭和天皇との血縁であるのか、2×125乗を関数計算してみました。
答えは 4、253、529、582、×10の37乗との事です。
昭和天皇はこれだけの多くのほぼ無限に近い人々の伝統を引き継がれてきた事となり
ます。
125代前から今日までどの位、累積人口が存在したのか全く検討はつきませんが,これ
だけの数え切れない人々の血筋を継続されていると言う事で,国民の象徴として今後とも
長らく国歌に謳われるように「千代に八千代に」継続してもらいたいと思います。
 私は言うまでもなく国粋主義者でもなく日ごろから国旗を掲揚する者でもありません。
日本人が本当の「個の確立」と「責任と義務」を考えなくても良いような甘えの構造が、
皇室の存在と無縁ではないと感じておりますが、もし天皇・皇室の存在が無かったら
どんな日本人となり、社会を形成しているのだろうと考えてみる不安を、回避したい
気持ちのほうが強いです。
ただ我々は,皇室に対しもっとおおらかに、また皇室ももっと開放的であってもらいたい
と思います。
41年振りということで皇室の歴史が明らかとなりました。
半分の天皇は,側室から生まれ,8親等,10親等離れた男子が即位したとのことです。
我々は側室という存在の所謂、氏・素性は分かりません。
これは,ひとえに男系天皇を維持継続するためであったと考えると,大変な御苦労をされて
きた事が分かります。
皇室のことで思い出すこととして,イギリスのチャ−ルス皇太子がダイアナ妃から
「なぜ愛人がいるのか?」との問いに「歴史上,自分だけ例外でありたくない」という話しを
聞いたことがあります。
日本の皇室にかようなことが、良いとか悪いとか論ずる気持ちはありませんが
「結果良ければすべて良し」と我々は今日まで受け止めてきましたし,今後ともこの姿勢は
変わらないでしょう。


 皇室に関する事として,梅原猛さんが大変面白い資料を与えてくれておりますので転記
させて頂きます。


  「日本」という称号の起源は601年(推古9年)とされる。この年から1260年
遡った紀元前660年を日本建国の年とした基点の年である。
なぜ1260年かというと,干支の一回り60年を21回重ねた1260年を一蔀(いちほう)といい,
歴史の一サイクルを意味するからである。
更に、辛酉(かのととり)と年である601年が革命の年(起点)とされ、一サイクル
溯った1260年前の辛酉の年が神武元年(紀元前660年)にあたりこれを建国の年とし
皇紀****年はここから来ている。
これは,全く歴史的根拠は無く,聖徳太子が朝鮮の三国(高句麗、新羅、百済)への対抗上、
それよりもはるかに古いところに建国を定めたに過ぎない。

 確かにBC700年というと先ず浮かぶのが,ローマ帝国建国の礎がBC753といわれて
おりますし、どの歴史書を見ても日本のその時は空白であり,中国では殷朝,周朝,朝鮮
では古朝鮮と記載があるばかりです。
125代の御世は、間違い無く大陸・朝鮮半島の人々の流れを引いております。
我々のルーツの殆どが中国・朝鮮半島からの渡来人であり、その証左として高松塚古墳
の壁画の中には朝鮮半島からの文化到来を示すものが沢山あります。
他方、項羽の楚の国から稲作をはじめ、魚を食べたり海に潜るなど生活文化を日本は引き
継いでおります。
このように,今日の直近の歴史観だけではなく、孔子の時代からみんな中国・朝鮮半島の人々
と親戚だったという視点に立ち,つまらない争い事など止め無くてはなりません。
日本独自の機能を発揮すること,それはアメリカの一国主義と非民主国家・覇権主義国家中国
の双方のもつ弱点を公平な立場から指摘し、尊敬を得られるようにしなければなりません。
巷間日本人は「バナナ」といわれて下ります。
「外は黄色く、中は白い」
であれば,この2つの特性を生かし,存在感を高める必要があります。
アメリカ一辺倒では,非同盟国が全体の半分を占める今日,日本の存在価値が益々無くなる
のではないかと不安がよぎります。

P/S:
果物売り場を覗くと,沢山の旬の物が並んでいます。
産地の鎮守様と収穫に携わった人々に御礼を申し上げましょう。
∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
  
このコラムに対するご意見・ご感想の宛先は  stsuchid@ecos21.com
∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽

2006年
9月  5年と5ヶ月
8月 イランそして「ペルシャのめぐみ」
7月  戌年の前半6ヶ月
6月  高山定美さん
5月 札幌への思い入れ
4月 「西宮」について
3月 谷口直之君の退職記念出版に際して
高校時代 と その後・・・
2月 GOOD BYE Mr.CHIPS(チップス先生さようなら)
1月 新しい年 平成18年





2005年
12月 酉年を振り返って
11月 トンカット・アリと6年
10月 NHKラジオ深夜便
9月 智と徳
8月 終戦60年-怒りそして悲しみと苦しみの中で
戦争遺児として私の一言
7月 上期4題
6月 椿ちゃんは2歳
5月 25回目にあたって
4月 4月は新たな出発の月=私の高校時代=
3月 故郷 札幌 昭和30年頃まで
2月
雪池忌によせて
1月 酉年にあたって


2004年
12月 平成16年を振り返って
11月 書物は知識の源泉
10月 故 野中 孝一さんと「SPIN トレーニング」
9月 ハインリッヒの法則(1:29:300)とパン屋の経営
8月 私のPROJECT−X 甲子園への道(PART2)
7月 私のPROJECT−X 甲子園への道(PART1)
6月 6月10日は時の記念日
5月 FENWAY PARKの思い出
4月 お釈迦様と四聖諦八正道
3月 『起業5年目にあたって‐‐新たに知った事・新たな財
2月
『OFFSET BALANCE(得たものと失ったもの) 
1月 『暴君の初夢』 


2003年
『6歳のLADYに学んだこと 』
『文化そして万歳三唱 』
GOLD FINGER 荒木 敏明 君 』
9月11日とイスラムの人々 』
戦後と58年後の今日 』
『三色旗ー自由,平等,博愛 』
『JUNE BRIDE (6月の花嫁)
『とつき十日の下宿屋の宿賃』
TOP